『この恋、通訳できますか』感想|言葉、そして「分かり合える」ということ ー コ・ユンジョン×キム・ソンホ×福士蒼汰 共演ドラマ
アイキャッチ画像出典:Netflix(作品レビュー目的での引用)
新年早々、かなり注目を集めている作品『この恋、通訳できますか』 。
私のように外国語に関わって生きてきた人間にとって、どうしても気にならないわけがないドラマでした。
それに、コ・ユンジョンさんとキム・ソンホさんの制作発表会を見ていると、二人の空気感がとても自然で、実際にかなり打ち解けているように見えたんですよね。

「あ、この二人の仲は間違いないな。きっといい作品なんだろうな」
そんな印象を受けました。
コ・ユンジョンさんがこうしたメロドラマに出演するのも本当に久しぶりですし、キム・ソンホさんも、いろいろあった後、しばらくメロドラマの主演から離れていて、今回が久々の本格的な恋愛作品。個人的にもとても嬉しい復帰でした。

では、『この恋、通訳できますか』は、どんなドラマだったのでしょうか。
週末のうちに一気見された方も多いと思いますが、私は少しだけ遅れて視聴しました。
それでも、見終わったあとに残った感情や考えを整理したくて、こうして感想を書いています。
この記事では、韓国ドラマ『この恋、通訳できますか?』を「言語」と「関係性」という視点から考察しています。
作品のあらすじではなく、視聴後に残った感情や気づきを中心にまとめています。
「あれ? イタリア語だよね?」
正直、ティザーを見たときは「有名人 × 通訳」という設定に、少し既視感がありました。
有名人と一般人が、いろいろな壁を乗り越えて結ばれるー
正直、もう何度も見てきた物語ですよね。
ところがある日、久しぶりに運動をしながら、このドラマを“なんとなく流し聞き”していたときのことです。
突然、耳をぐっと掴まれる瞬間がありました。
このブログを長く読んでくださっている方はご存じかもしれませんが、私はドラマを「観る」よりも、「聴く」ことがとても多いタイプです。
そんな中で、ふと「あれ? これ、イタリア語じゃない?」と思ったんです。
SNSでは、キム・ソンホさんが劇中でスペイン語を話している、という話を見かけていたのですが、実際に耳に入ってきたのはイタリア語でした。
私は外国語が本当に好きで、これまでに日本語、英語、イタリア語、台湾華語を学んだことがあります。
日本語と英語は会社で仕事ができるレベルまでは必死に勉強しましたし、イタリア語も2年近く学びました。中国語も、今でもまた勉強したいと思っています。
だからでしょうか。
このドラマへの興味が、一気に高まったんです。
特にイタリア語は、私にとって「この世でいちばん音が美しいと感じる言語のひとつ」です。
イタリア人の友人が話し始めると、まるで歌っているみたいで、つい真似して声に出したくなる。そんな言葉なんですよね。
少し前置きが長くなりました。笑
ここからは、私がこのドラマを観ながら感じた見どころについて書いていきます。
キム・ソンホの日本語演技はどのくらい自然でしたか?
今回のキム・ソンホさんは、とても落ち着いていて、静かにヒロインを見守る“大人の男性”という役柄が本当によく似合っていて適任だったと感じました。
最初は別の人を想っていながらも、コ・ユンジョンさん演じるチャ・ムヒに少しずつ心を寄せていくー その流れにも、意外と現実味があったと思います(もちろん、他の設定はかなり非現実的でしたが……笑)。
最近、日韓共演作などが増え、日本の視聴者が韓国ドラマの中で日本語を耳にする機会は、本当に増えましたよね。

少し前には『メイド・イン・コリア』で、ヒョンビンさんをはじめ、多くの韓国俳優が日本語で演技する姿も見られました。
日本語を話す韓国人として、正直に言うとー
どれだけ演技が上手い俳優さんでも、外国語演技にはどうしても修正しきれない発音やイントネーションが残ることがあります。
そういうとき、どんなに好きな俳優でも……正直、ちょっと苦しい。
ドラマが面白くても早送りしてしまったり、場合によっては途中で離脱してしまうこともあります。
たとえば『ミスター・サンシャイン』も、友達にもおすすめされて観た作品でしたが、韓国語・日本語・英語のすべてが分かる立場だからこそ、字幕なしで楽しめる一方で、セリフの不自然さが気になってしまう瞬間も少なくありませんでした。
だからこそ、こうした設定のドラマには、期待と同時に「大丈夫かな……」という不安もどうしても生まれます。
ですが今回のキム・ソンホさんの日本語は、たまにほんの少し惜しいところはあったものの、“通訳で、外国語だけどネイティブレベル”という設定を考えると、かなり自然に聞こえました。
それだけで、とても魅力を感じてしまいます。笑
そして声が……本当に甘い。
英語も、ほんの少し韓国語訛りは感じられましたが、全体としてとても自然でした。
現場には、イタリア語・英語・日本語、それぞれの言語指導の先生がいて、セリフのたびに発音やイントネーションを細かく修正していたそうです。
外国語のセリフがあまりに多くて、逆に韓国語が出てこなくなったこともあった、というエピソードを聞いて、複数の言語を同時に使うことが、どれほど脳に負荷をかけるかを改めて感じました。
日本でご覧になった方は、キム・ソンホさんの日本語演技、どう感じられましたか?

チャ・ムヒ役のコ・ユンジョン、そして「ド・ラミ」
コ・ユンジョンさんは、『ムービング』『サイコメトリー あいつ』『還魂』『いつかは賢いレジデント生活』と、ずっと見てきた俳優ですが、今回の作品を観て
「これは本当にコ・ユンジョンさんにぴったりの役だな」
と感じました。
現実から少し離れた人物や、特別な側面を持つキャラクターを演じる中で、どこか一人二役のような演技をずっと上手くこなしてきた俳優ですよね。
普段はあどけなく、静かに見えるけれど、ド・ラミという別の顔を見せる瞬間の、少し怖さを含んだ非凡な表情。
そういうところが本当に上手い俳優だと思います。
「可愛い」「きれい」という言葉は、もう言い尽くされているので、ここでは書きません(笑)。
彼女あどけない可愛い顔をしてますが、これまでの出演ドラマではアクションシーンも多くて、演技幅がとても広い女優です。
福士蒼汰、そして日本人俳優の存在感
福士蒼汰さんは、私が最近ほとんど日本ドラマを観ていなかったこともあって、「あ、広告で見たことがあるかも?」くらいの認識でした。
最近は韓国ドラマに日本人俳優が出演することも増えていますが、福士さんはどこか異国的な雰囲気もあって、後半で出る少しぎこちない韓国語で演技する姿が、むしろ可愛く感じられました。そして声が素敵、、、声が良いの、本当に大事ですよね!
ルックス的にも、韓国で人気が出そうなタイプです。
調べてみると、2011年から活動してきた俳優で、「演技が惜しいという」という意見があったので、本当なのかなと、と思いながら注意深く観ていました。
でも、最後まで観てみて思ったのは、役どころもかなり大きく、しっかりと消化していたということです。
最初は少し感じの悪い、有名人らしいツンとした態度。
そこから誰かを好きになることで、だんだん人間味が見えてくる。
少し情けなくて、それでもどこか憎めない。
そんなキャラクターとして、すごく好感の持てる描かれ方だったと思います。
隠キャ気味な役どころも、絶妙にハマっていました。

ドラマ内の日本人描写が気になる、という声もありましたが、(たかが一人ですが)韓国人の立場から見ると、描写にそこまで違和感はなく、福士さん自身も役柄を十分に説得力のある形で演じていたと感じました。
(ちなみに韓国のSNSでは格好いいと騒がれています、笑)
愛するといういうこと、チャ・ムヒの「本当の自分」
正直に言うと、このドラマはかなり好みが分かれる作品だと思います。
「ただいろいろな国を回る観光ドラマみたい」、「ド・ラミという存在は本当に必要だったの?」、「サブカップルはいらなかった」
そんな意見もあれば、
「とにかく二人がきれい」、「キム・ソンホの外国語がすごい」、「美しい物語だった」
という声もあります。

うまくいかないかもしれないから、不安なのは当たり前。
それでも、もしかしたら、という気持ちで始めるんです。
チャ・ムヒは、無名の俳優から成功を手に入れた一方で、「幸せになること」そのものを怖れている人物です。
特に、誰かとの関係の中で本当に幸せになれるのか、という不信感が強く、その感情が極端な形で“別の人格”として表現されます。
通訳士のチュ・ホジンに惹かれながらも、一歩以上近づくことがどうしても怖い。

この設定を嫌う視聴者も多かったですが、私はむしろ、この仕掛けがなければこの物語は成立しなかったと思っています。
トラウマを人格として描く方法は直截的ですが、分かりやすく、無駄に引き延ばして難解にしなかった点は悪くなかった。

あなたが、私のことを全部知ってしまうのが怖い。
好きになるほど、落ちたときの底が深くなりそうで。
この感情、恋愛をしたことがある人なら、一度は感じたことがあるのではないでしょうか。
本当に誰かを愛するためには、自分の中で一番怖い部分と向き合い、いつかは、自分でも嫌だった、見せたくなかった姿を相手に差し出す瞬間が来る。

そしてムヒは彼女の本音「私を愛してくれますか、私があなたを愛しているように」となんとかぶつけることができます。
ホジンも最初はジタバタしてムヒを理解するのに苦労しますが、彼女のトラウマに引き込まれそれに付き合っていきます。お互いを深く理解し、共に歩くまでに時間がかかったからこそ、視聴者としてはもどかしく感じたかもしれません。
でも、すぐにくっついて、すぐに別れるドラマとは違って、互いの恐れをさらけ出し、受け止め合う過程を描いた点は、むしろとても現実的だと感じました。
ヒロとムヒ ー 国際恋愛も結局は「素顔」が残る
ヒロとムヒが一緒に旅をしながら撮影する姿を見て、自然と国際恋愛について考えてしまいました。
最初の二人は言葉も通じず、誤解ばかり。
コミュニケーションの行き違いの中で、バラエティ番組の関係として始まります。
でもヒロは、自分が今まで知らなかったムヒの一面に、新鮮さや驚きを感じていく。

言葉が通じないからこそ、その新しさがより強調される。
国際恋愛って、たいていそんなふうに始まる気がしませんか。
同じ国の人からは感じにくい感情表現や距離感に惹かれ、「新しいもの」を知っていく自分自身にも、心地よさを覚える。
知らない相手を知っていくこと自体、ドーパミンが出るのに、そこに文化や言語の違いまで加わったら……そりゃあ、とにかく強烈です。
でも、感情が深まり、本当の意味で人と人が向き合う段階になると、最初のときめきや新鮮さは消えて、ただ“素顔”だけが残る。
そこから、私たちはそれぞれの「言語」で、相手と向き合い始めるのだと思います。
「人の数だけ、言語がある」というセリフ
このドラマで、私が一番好きだったセリフはこれでした。
作家さん:世界にはいくつの言語があると思う?
ホジン:7,100以上だと聞いています。
作家さん:ブブー。不正解。世界には、人の数だけ言語がある。人はみんな、自分の言葉で話しているんだ。
このドラマには、優しくて、思いやりのあるセリフが本当に多いのですが、中でもこの言葉は、とても心に残りました。
世界的に移民が増え、言葉が通じないことで起きる問題が多く語られる今だからこそ、言語が違っても、結局人は皆、自分なりの言葉で世界と関わっている。
それを理解するためには、人と人として向き合うしかないのだと、改めて感じました。
言語を超えて、つながるということ
このドラマは、確かに恋愛ドラマです。
日本、カナダ、韓国、イタリア。
複数の国で撮影されているので、映像美も見どころのひとつです。
でも、それ以上に印象に残ったのは、人は誰もが、自分なりの何かを伝えようとし、誰かとつながろうとして生きている、ということでした。
その深さは、「言語が違う」という理由だけで、簡単に切り捨てられるものではありません。
国籍や言葉が違うだけで、理解したくなくなる気持ちが湧くのは、もしかしたら人間の本能なのかもしれません。
そんな感情が自然と湧いたときこそ、「人の数だけ、言語がある」という言葉を思い出してみる。
少しだけ、温かい気持ちで。
『この恋、通訳できますか』を観終えて
『この恋、通訳できますか』は、間違いなく好みが分かれる作品です。
観光地中心の展開に物足りなさを感じる人もいるでしょうし、設定がやりすぎだと感じる人もいると思います。
それでも、言語、関係、恋、そして幸せになることへの恐れー
そうしたテーマを丁寧に描いたロマンスドラマだったと、私は思います。
異なる国を舞台にした映像、温かい色味と音楽、そして「人はそれぞれ違う言語で生きている」というメッセージ。

とても学びの多いドラマですが、軽く今すぐ旅に出られないから、ただ異国の空気や感情を味わいたい人にも、十分に観る価値のある作品だとも感じました。
私自身、昔バックパック一つでシエナを旅したことがあるのですが、このドラマを観て、またイタリアに行きたいな、と思いました(コ•ユンジョンさんもイタリアのスケジュールが忙しすぎたので、また個人的にいきたいと言ってました)。
いつか時間ができたら、ドラマに登場した旅先を一つずつ辿ってみるのも、きっと楽しいだろうなと思います。

